第四十八話 「玄(2) 五日間」 獣道と呼んでも何ら差し支えないような、木々がそのラインを辛うじて避けているような、そんな道をずっと辿っていくと、薄暗い森が急に掻き消えて、陽が降り注ぐ場所に出る。そこでは樹木が、塀を成しているかのようにぐるりと円形に整列して、のどかな空間を作り出していた。好き放題に生育している密林から打って変わって、綺麗に整備されたハーブ畑が、暗い森の中からやってきた者たちを出迎えるようにさわさわと風に揺れている。 ハーブ畑の真ん中には、小さな小屋が建っていた。丸太を組み合わせて作ったこぢんまりとした家だが、作りは丁寧で頑丈、風通しも良く、夏場の湿度がかなり高い『玄』の国においては、非常に機能的であると言える。赤い屋根と白い扉が印象的なその家が、ティスカの住まいだった。 首都コークセアから徒歩でおよそ一時間半。初めは歩いてそこまで行く予定だったが、長時間の歩行はやはり痛めた腰にはよろしくなかった。すすきの歩くペースが遅くなったのを気遣って、ティスカは彼女の腕を掴むと、残りの道のりを歩かずに済ませた。二人の足が再び地に付いたのは、空が赤く染まりだしてからのこと、目的地に到達してからだった。 「飛べるのなら、初めからそうすればいいではないか。わざわざ、長い時間をかけて歩かずとも」 地面に降ろされ、ティスカに腕を放してもらうや否や、すすきは文句を言った。道の途中まで、一時間弱歩いたせいで、腰の痛みは酷く悪化していた。 「狭い木々の間を飛ぶのは危ないの。それに、森の生き物を驚かせてしまうし。でも、ススキの怪我がそんなに酷いものだったのなら、確かに最初から飛んでいた方が良かったわね」 おかしそうに笑うティスカに、すすきはそれ以上苦情を続けられなかった。痛いのに大丈夫だと痩せ我慢を続け、怪我の具合を悪くさせてしまったのは、自分に他ならなかったためだ。 すすきに説明したような理由から、ティスカは街と家との往復に飛行術を用いていなかったが、実際にはもう二種類の理由があった。 ひとつ目の理由は、飛行術そのものにあった。飛行術は魔術の一種であるから、当然魔力を消耗する。要は、疲れるのである。魔族の中でも、軍人以外に魔術を使えるものはあまりいない。特に飛行術は、かなり高度な魔力操作が必要で、一般の民衆で飛べる者となると、その数はかなり少ない。ティスカが拙いながらも魔術を使えるのは、多少は才能に恵まれたのと、多分に才能に恵まれた兄に教わったからであった。 もうひとつの理由は、単純にティスカの好みの問題だった。彼女は森の中を散歩するのが好きだった。木漏れ日が頬に当たる感覚だとか、聞こえてくる鳥のさえずりだとか、たまに咲いている花だとか、その上に止まっている虫だとか、とにかくそういったものが好きだったから、ティスカはそれなりの長さがあるコークセアまでの道のりに退屈することが全く無かった。毎日表情を変える森の顔は、飽きるどころか、通る度に新たな発見と喜びに満ちていた。 ティスカの後ろについてハーブ畑の中の小道を歩きながら、思った以上に大規模な菜園にすすきは舌を巻いていた。 「広い畑だな。全部ハーブなのか」 小さな家を取り囲む緑の海は夕暮れ時の太陽の光を浴びながら波打っていて、建物の十倍以上の広さが楽にあった。細い葉のものや茎がうねっているもの、枝葉が細かく別れているものなど、少なくとも両手両足では数え切れない種類のハーブが育てられているのが、すすきの素人目にも解った。 すすきの声に、ティスカは得意気に振り向いた。 「そうよ、すごいでしょう? 私の自慢の畑なの。昔は本当に小さな畑だったのよ。それが、段々と育てる量が増えちゃって、今ではこんな有様。楽しいからいいんだけどね」 「趣味が高じて商売に、か。感心するよ」 「人間界にもハーブはあるのでしょう? ススキも趣味から始めてみたらどうかしら。きっと好きになると思うわ」 気が向いたらやってみるよ、とすすきがいかにも気の無い返事をしたところで、二人は家の前まで辿り着いた。近くで見てもやはり小さなその家は、傾いた陽を受けて、間延びした影を地面に落としていた。壁の上の方から突き出したT字型の金属管は、おそらく煙突なのだろう。これまた、やはり家のサイズを裏切らず小さかった。屋根の斜面には丸窓がふたつ並んでいて、まるで目玉のようだった。 「さあ、入って。狭いけれど、私とススキの二人が入れるくらいのスペースはあるわ」 木板を敷き詰めたテラスを通り抜け、ティスカが開いた扉から、すすきは家の中に足を踏み入れた。家の大きさに比例して小さなテラスにも鉢植えの花が所狭しと並べられていたが、室内もまた同様で色彩豊かだった。床、柱、卓上、出窓と、至るところに大小様々な草花が飾られていて、甘くてそれでいて後に残らない爽やかな香りが、すすきの鼻をくすぐった。 「いい家だな」 「そう言ってもらえるととても嬉しいわ、ありがとう」 ハーブ売りに持って行っていた籠とすすきの荷物、外した額当てを机の上に置くと、ティスカは笑顔で振り向いた。 「うちの中で横になれるのは、二階のベッドしかないの。二階と言っても、屋根裏部屋みたいなものだけれど。ススキの手当ては、そこでしましょうか。ちょっと待っていてね、今、打ち身に効くハーブを何種類か、庭から採ってくるから」 そう言い残すと、駆け足でティスカは玄関から出て行った。すすきは庭の方へと走り去っていく彼女を窓越しに見ながら、これからどうすれば良いのか、どうなるのかをぼんやりと考えていた。 すすきの怪我は、なかなか完治しなかった。ティスカに薬を塗ってもらうようになってから一日経ち、二日経っても痛みが引かず、それどころか更に酷くなっているような節もあり、一時は立ち上がることすら困難だった。ティスカはしきりに首を捻ったが、それで回復の速度が上がるというようなことはなかった。 ティスカはこまめにすすきの包帯を換え、薬を塗り直した。その間、ティスカの口は手よりもよく動いた。大半は自己紹介だった。生まれ育った村のこと、どうしても食べられない貝のこと、兄がいること、好きなハーブのこと、森の動物のこと、街のお客さんのこと。ティスカの話はどれだけ話しても話し尽くされず、それでいてどれもがおもしろく、すすきは飽きさせられることが無かった。 不思議なもので、ティスカに包帯を換えてもらうごとに、ティスカの話をひとつ余計に聞くごとに、すすきの警戒心は少しずつほぐれていった。ティスカの指先がとてもあたたかかったためかもしれないし、ティスカの声音がとても穏やかだったためかもしれない。自分の心情が変化した明確な理由をすすきは見つけられなかった。それは例えるならば、水の中に落とし入れた一滴のインクが次第に広がっていくような、そんな感覚に似ていた。一日の大半を共に過ごすような生活が続く中で、すすきはティスカの多様な一面を見た。 初日の夕食で、彼女はキノコのスープを作った。毒キノコではなかろうかと疑い、調理者が食べたのを見定めてからようやくひとさじ口に運んだところ、予想以上においしく、褒めたら山盛りのおかわりが出た。何も言わなければおかわりのおかわりが出そうな勢いだったので、それは満腹を理由に断った。 夜はすすきをひとつしかないベッドに寝かせ、彼女は床で眠っていた。ベッドも広いとは言えなかったが、床はそれ以上に狭かった。ティスカをまだ信用しきれない気持ちと申し訳ない気持ちとが混ざり合って、すすきの寝つきはどうにも悪かった。逆にティスカはと言うと、すすきに話しかけるだけ話しかけた後あっさりと眠りに就いてしまい、彼女を拍子抜けさせた。何を言っているのかは解らなかったが、寝言が多かった。 ティスカは朝早くからよく働いた。ハーブ畑に出ては水をやり、肥料を撒き、雑草を抜き……ひとりでくるくると広い畑を駆け回る彼女の姿を、すすきはベッドに入ったまま、二階の窓からずっと見ていた。じっとしていれば痛みは無く、他にやることがなくて手持ちぶさただった。ティスカは時折すすきの視線に気付くと、持っていた用具を地面に置いて、泥まみれの軍手を振ってみせた。すすきは初め、それを無視していたが、あまりに幾度もティスカが大きな動きをしてみせるため、とうとう仕方なく片手を軽く振り返した。すると相手は大層嬉しそうに、尚のこと活気を帯びて両手を振るのだった。 三日目、雨。雨にもかかわらず、ティスカは畑に出た。本当によくやるものだとすすきは感心せずにはいられなかった。さすがに作業時間は短かったものの、戻ってきたティスカは濡れ鼠そのものだった。びしょ濡れになった姿があまりに貧相だったから見せたくなったと言って、ティスカはすすきのいる二階まで水を滴らせながらやって来て、その後でようやく風呂に入った。風呂上りの彼女からは、透き通るような香りがした。訊けば、浴槽にハーブを浮かべているということだった。 四日目も雨だった。三晩経ってようやくすすきの怪我は良くなり始めた。痛みは残っていたが、どうにか普通に歩けるようにはなった。この日はティスカがコークセアまでハーブを売りに行く日だったが、彼女は終日家にいた。雨の日は行かないことにしていると彼女は言ったが、真偽のほどはすすきには解らなかった。 雨の日は話す時間が自然と増えた。魔界の歴史書を開きながら、ティスカはすすきに講義のようなものをして聞かせた。“講義のようなもの”というのは、講義と呼ぶにはあまりに雑談と談笑が入りすぎていたためだ。 「今から六十余年前、魔界ではある流行り病が蔓延していました。体中に現れる赤い斑紋は“血の涙”と呼ばれ、多くの者がこの犠牲になりました。当時は治療法が確立されておらず、不治として恐れられました」 「魔術で治せない病もあるのだな」 「魔術だって万能じゃないのよ。薬に頼るしかないこともあるわ。王族にまで死者が出たと言えば、その病がどれほどの猛威をふるったか解るでしょう。皇妃様と皇太子様も、そのせいで」 「それは気の毒なことだ。今でもその病で亡くなる者は大勢いるのか」 「いいえ、特効薬が作られたから、もうその病気で死ぬことはまず無くなったの。薬の材料と製法は意外と単純で、うちの庭で育ててるハーブだけでも作れるのよ。だから、万が一ススキがこの病気にかかっても、私が治してあげられるわ」 「有り難いが、少し不安でもあるな」 「あら、どうして?」 「お前は時に、大雑把な性格を見せるからな。キノコのスープ、まだ残っているのだろう。明らかに作りすぎだ」 「おいしいからいいじゃないの。それにキノコは体にいいのよ。病気の予防にもなるわ」 「料理と同じように、薬の分量も適当だったら叶わんと言っているのだ」 「もともと死ぬ病気なんだから、どうしたってそれ以上悪くなることはないんじゃない?」 「……だから不安だと言っておるのだ」 またある時は、こんな話もあった。 「ゼクラルゼーレT世陛下は、歴史学に長けたお方でした。U世陛下は法学、V世陛下は生物学と、歴代の王はそれぞれ異なる分野に卓越した才覚を発揮されました。幼い頃から専門の教育係が付いて、お教えなさったそうです」 「現王、W世は何の分野が得意なのだ?」 「もう、最後まで聞いてよ、これから話そうとしてたところだったのに。W世陛下は建築学です。W世陛下の設計された堤防や避難施設のお陰で、近年の環境異変に伴う天災の被害はかなり抑えられているのです」 「それは大したものだな。この家もそろそろ、陛下にお願いして建て直してもらった方がいいんじゃないか」 「この辺りは比較的災害が少ないから平気よ。気候異常も軽度だし。もう少し南の地区では、森が枯れていってるという話だけれど、まだこの森は元気で何より。それにこの家は大丈夫、あと五百年は持つわ。それより、庭に温室があるといいわね。育てられるハーブの種類が増えるもの」 「これ以上増やすつもりか」 「驚くことないでしょう。まだ少ないくらいよ」 「火事にでもなったら、すごい匂いが立ち込めそうだな。空飛ぶ鳥も落ちてくるんじゃないか」 「あらおいしそう、焼き鳥のできあがりね。今度、ハーブで焚き火をしてみようかしら」 ある話題に移る度にこんな調子だったから、学問的な話の割合は自然と少なくなったものの、それでも魔界についての基本的な知識はすすきの頭の中に入った。ちなみに焼き鳥が話題に上ったこの日の晩、ティスカは彼女自慢の香草をふんだんに用いた鴨肉のローストをこしらえた。 ティスカに問われて、すすきも人間界の話を幾らかした。食事内容だの、家族構成だの、学校生活だの、他愛も無い日常の様子をあまりに根掘り葉掘り訊かれるものだから、しばしばすすきは閉口した。魔界には無い食材の説明だとか、母の父のそのまた母の話だとか、想い人についての質問だとか、話しようのない内容に限って、ティスカは目を輝かせてしつこいくらいに尋ねた。 五日目には、無茶な運動以外には何ら支障がないくらいにまですすきは復調した。晴れていたので、ハーブ畑の手入れに向かうティスカについていった。鼻の頭に虫が留まり、追い払おうとしたら手が汚れていたせいで顔が黒くなった。ティスカはおなかを抱えて笑っていたが、自分の顔がどうなったのか解らないすすきは眉をひそめるばかりだった。笑いながらティスカは思わず口もとを押さえたが、彼女の手はすすき以上に汚れていたので、顔がひどいことになった。今度はすすきが笑う番だった。 患部が持つ熱を薬が吸い取るような、あのひんやりとした感触も、感じなくなり始めると少し物寂しいものだった。しかしながら、そんな物寂しさを噛みしめているほどの余裕がないのもまた事実だった。すすきは内心焦っていた。魔界に来てから、明日で六日目になる。こんな調子でいつまでもティスカの家にいては、栞と真人を助けることなど遠い夢である。それに、“門”通過の際にはぐれてしまった他の二人のことも心配だった。怪我で動けない時はどうしようもないと堪えてもいたが、もうぐずぐずしてはいられなかった。完治とはまだとても呼べないが、それでもこれ以上の足踏みは、するだけの余裕がなかった。 ティスカの家に来て五度目の晩、すすきは一緒に食卓を囲む相手に向かって、唐突と言えば唐突に切り出した。唐突に切り出す以外に、方法を思いつかなかった。 「明日にでも、発たなければならない。こんなに長く世話になってしまってすまなかった」 そう、とつぶやいてティスカは食後のハーブティーをすすった。庭で採れたハーブを数種類混ぜて作ったもので、嗅ぐだけで穏やかな気分になれそうな匂いだった。すすきがティスカの家に来てからずっと、食卓にはハーブティーが欠かされなかった。すすきもすっかり、その香りと味に慣れ親しんでしまっていた。 「こんなに長居をするつもりはなかった。本当は、もっと早くに発つべきだったのだが」 「お友達を、助けに来たんだったものね。でも、仕方がないわよ」 動けなかったのだから、という意味なのだろう、ティスカは自分の腰を叩いてみせた。 「怪我の具合はもういいの? 今日、外に出られたんだから大丈夫なんだとは思うけど。飛んだり跳ねたり、捻ったり反ったりよじったり、みたいな無理は禁物よ。治りかけの時に痛めると、長引いちゃうから」 「ああ、解っている。この数日間、毎日手当てを続けてくれてありがとう。放っておけば今になっても動けないような状態だったのかもしれぬと思うと、本当に感謝の念に尽きる」 「気にしないで。今晩もう一度、薬と包帯を換えておきましょうね」 ティスカは控えめに苦笑して、カップをもう一度すすった。少し寂しげな、影を落としたような表情が、すすきの目に映った。すすきにとっては見慣れない表情だったが、すぐにティスカは普段通りの明るい笑顔に戻り、暗い色を打ち払った。 「キノコのスープも食べ切れたし、よかったわ。私ひとりじゃ、倍の時間がかかっていたわね」 「だからそれは、作りすぎだと何度も言ったろう。それに、毎回新しい品を作るものだから、一回の食事辺りの消費量が自然と少なくなったしな」 「食べてくれる相手がいると、つい作ってしまうのよね。ほら、張り合いがあるものだから、楽しくって」 「まあ、毎回おいしかったから、それは良いのだが……さすがにキノコのスープは飽きてしまったかな」 二人は視線を合わせて、ふふっと笑い合った。天井から吊り下げられたランプの灯が、それに合わせるかのようにゆらゆらと二人の影を揺らせた。夜の森の中にひっそりと建つ小さな家の中は、驚くほどに静かだった。 本題に入ろうか、とすすきは少しばかり姿勢を正した。かと言って、別段声音を低くしたり、眼差しを強くしたりということはなかった。今までの雰囲気を壊したくないかのように、すすきはやわらかに口を開いた。 「ティスカ、彼らは王都にいると考えて間違いはないのだな」 栞と真人の所在について尋ねたのが、この家に来てからティスカに向けた最初の質問だった。その時と全く同じ答えを今度も彼女は返した。 「ススキから聞いたような事情で連れて来られたのなら、王都のシンヴァーナリエス城にいると考えていいと思うわ。王都に行くためには……」 「コークセアにある転移装置を使うのだったな。王都は確か、空にあると」 「その通り、でも許可証が必要よ。あなた、持っていないんでしょう」 すすきはため息混じりに頷いた。 「だが、仕方がない。いざとなれば、密出国するよりほかあるまい」 机の上に肘を付いた両手を握り合わせ、真剣な表情で言ったすすきに、ティスカがくすりと笑った。口もとを緩める彼女に、すすきは眉間にしわを寄せた。何故笑われるのかが解らなかった。 すすきの視線が含んだ疑問に気付いて、ティスカは笑みを浮かべたままで答えた。 「いえ、初めはちっとも信用してくれなかったのに、って思うとおかしくて。ううん、おかしいって言うよりは、嬉しいわね」 「それは、いきなり信じろと言う方が無理だ。魔族は敵だと、ずっとそう思っていたのだから」 「今は?」 「そうではないと解った。お前のような、おかしな魔族もいるのだと」 ひどい、とティスカは噴き出した。 「私、そんなに変なことばかりしたかしら」 「私が今まで接した人間を振り返ってみても、お前のように親しげに話しかけてくる奴はそうはいなかったぞ。お前みたいによく笑う奴も」 「何だか、馬鹿にされてるみたいね」 「褒めているのだ。お前のお陰で私は、魔族に対する見方が少し変わったような気がする」 だが、とすすきは続けた。 「全ての魔族を認められるようになったわけでもない。私の大事な者たちを傷つけ、奪ったのもまた魔族なのだから」 「そうね、私にはまだ信じられないけど。クロスフォード陛下が、そんなことをなさるなんて。きっと、何か理由があるのだと、そう思いたいわ。ねえ、ススキさえ構わなければ、私が……」 何だ、と訊いたすすきに、ティスカは唇を噛んで眼を伏せた。 「……ごめんなさい、何でもないわ。食器、もう片付けてしまいましょうか。明日は早くに発つのでしょう?」 ティスカは無理に作ったような笑顔で席を立った。ふたつのカップの中にはどちらもハーブティーが半分以上残っていたが、彼女は手早くそれを下げた。ハーブの香りだけが、食卓には残された。 |