第十一話 「大した事じゃなかったとしても」 すすきは自分の耳を疑わずにはいられなかった。祖父・ “ 「それでは、“聖禍石”は『時白』で預からないと言うのですか」 棘の在る視線を、すすきの瞳が放つ。 「そうは言っておらん。“聖禍石”は確かに『時白』で保管する」 すすきの正面で正座する仁斎は、そんな彼女の視線など意に介さない様子で、その声には何ら変化はなく荘厳であった。 「しかし、『 「そうだ。その双方の血を引く者を、家に上げるわけにはいかん」 「……では、つまりこういう事ですか。“聖禍石”は預かる、しかし元々の所有者に直接会って説明はしない、と」 「多少その言い方は悪いが――事実上、そうなるな」 「それではあまりに身勝手ではありませんか! 百歩譲って、断絶した『柊』を拒絶するのは解るとしても、『高瀬』までとはどういう事です。彼女達は所有者であると同時に、被害者でもあるのですよ?」 正座した脚の上で、すすきは 一鳴き。二鳴き。庭の 「確かに彼女達は所有者であり、被害者でもある。退魔の眷属でもなければ、断絶した者でもない。しかし――背負う 「咎? 彼女たちが一体何をしたと……」 仁斎は再び黙り込んだ。その顔に深く刻まれた 口を開く気配のない祖父の様子を見て取って、すすきは腰を上げた。 「お 立位から見下ろすようにそう言うと、すすきは 「失礼致します!」 粗雑に一礼して退室した。襖は語気と同じくらいの勢いで、ぴしゃりと閉められた。 仁斎は重々しい息と一緒に、苦々しい声を吐き出した。 「我が孫ながら……全くもって我の強い……」 彼の眉間の皺は、本日一番の深みを見せた。 この前から、この廊下を歩く足取りは毎回こうだ。そんな事を、少し冷めてきた思考回路で考えながらも、すすきは荒々しく歩を進める。口ではぶつくさと不平を述べながら。 「あんな説明で納得できる筈があるものか! 全くもって、お爺様の我の強いことときたら……」 「似た者同士だろう」 いきなり幼馴染の声がして、すすきが勢い良く振り向くと、そこには果たして 「お前……ッ! また盗み聞きか!」 呆れ果てたすすきの口が、あんぐりと大きく開いた。 「盗み聞き、と言うのは間違っているな。仁斎は俺がいる事に気付いて……」 「その説明はこの間聞いたからもういい」 呆れた表情のまま、すすきは冷ややかな視線で董士を見つめた。 「まあそんな事は俺もどうでもいい。本題を言おう」 「本題?」 「――『柊』の記録を、見つけた」 すすきは驚いた様子で目を見開くと、董士の顔を無言で見つめた。『それは本当か』と問い掛ける彼女の瞳に、董士は答えた。 「禁書庫の警備は予想以上に厳重でな。長時間留まることはできなかったから、見つけられたのは僅かな記述だけだったが……」 言いながら、董士は視線を上へやった。庭に面した廊下からは、天空の半月を仰ぎ見ることができた。空には雲ひとつ無い。明日も晴れそうだな、と董士はただ漠然と思った。 透き通るような青空は好きではなかった。凍て付く霧雨が舞っていたあの日とあまりに対照的すぎて、逆に心を疼かせる。それとも、痛みが和らいでしまいそうで怖いだけなのか。傷を癒えさせぬための、傷を そう、この痛みは、誓い。二度と失わぬための誓いなのだ。 「董……士?」 名を呼ばれて月から視線を戻した彼の眼に、幼馴染の愁眉が映った。 「御両親の事を、思い出していたのか」 「……毎度の事ながら、よく解るな」 「お前がそんな顔をするのは、その時くらいだ」 襟の大きなコートに隠れた彼の口が、表情の変化と同様に微かなため息を漏らした。 「すまん、話が途中だったな」 謝る事でもないさ、と苦笑してすすきは続けた。 「で、『柊』について何が解ったのだ?」 「ああ……どうやら、『柊』が断絶した理由は――」 風が叫び声を残して、池の水面を駆け抜けていった。 |