第十話 「真実の前日の現実の切実」 シンヴァーナリエス城の一室、『 「あー、概要はわかった。とりあえず、プロジェクターをつけてくれ。『 部屋の内装は至って簡素。室内で床の面積を最も多く占めているのは机であるが、その上にはシーインの足以外何も載っていない。机の他には椅子と本棚、そして大きな銀色の円盤状の物体があるのみである。 “ 「冒頭部はカットしてありますので」 さらにブラントがボタンを押すと、円柱の中に立体映像が映し出された。 まず現れたのは、結界を殴りつける『灼炎』の腕だった。その画像が突然激しく揺れたかと思うと、『灼炎』の腕は下がって画面から消え、その視界が回転した。一人の男の姿が現れ、その姿に焦点が合わせられる。 「んー? どっかで見た顔だな」 シーインが 『灼炎』はその男に次々と打撃を繰り出すが当たらない。それどころか、不意にその動きを止め、男の攻撃をその身に受けた。画面が再び大きく振動する。 「光る手……そうか、あの野郎に似てやがるのか、コイツ」 舌打ちするシーインをよそに映像は進み、『灼炎』の腕が男の体を殴り飛ばした。 「今の所、押してるじゃねーか。何で負けたんだー?」 「この、後ですよ。三人目の退魔師が加勢します」 画面に、光る剣を持った男が映し出された。 白い斬撃。 赤い光線。 傾く視界。 そして、映像はブラックアウトして終了した。 「いやぁ、怖い怖い。光る手の男も巫女も中々の腕前ですが、特にこの剣士、恐らく実力は僕と同等くらいでしょう。こんな人間がいたんじゃ、調査に行った部隊が帰ってこないわけですよねぇ」 ブラントは肩を竦め、細い目を一層細めて笑ってみせ、その後で「あぁ、髪の長さは僕の方が負けていますか」と付け足した。 「軽口叩いてる場合じゃねェだろ……お前でも一人じゃキツそうだな。もう二・三人くらい必要か」 「大丈夫ですよ。要は、多勢に無勢の状況を如何に回避するか、ですから。それに、シーイン様の魔力を無駄に消費することは得策ではありませんし。日々のお役目もございましょう」 “門”を開くためには、“ 更に、魔物は人間界ではその魔力が減少する。そもそも魔界の大気は魔力の源とも呼べる成分を含有しており、魔物はそれらを取り込むことで活力の一部とする。人と酸素の関係に少し似ているかもしれない。つまり、人間界の環境下での活動は、魔物にしてみれば一種の無酸素運動。その寿命も大幅に短くなり、数年が関の山だ。数年と言えば、人間にすればかなりの長期間に聞こえる。しかし、高位魔族ならば本来その寿命は優に数千年を越すため、彼らにとって人間界での寿命は実に短命と言えるだろう。 「今回の件のように強引に結界を破ろうとし、それに時間を掛ければ、退魔師を招くだけです。しかしながら今回の件は、結界が最早役に立たない事を退魔師に示す機会にもなりました。“聖禍石”は一層厳重な警戒下に置かれる事が予想されますが……狙うのはその移動時です。“聖禍石”を持つ者だけを引き離し、奪還しましょう」 「面倒な相手は無視、か。――上出来だ」 机に上げた足を組み直して、シーインは片眉を上げて笑った。 「“獄門”が開けば、こんな面倒なことをしなくてもいいんですがねぇ。あ、“獄門”を開くための作戦ですから、それは本末転倒というものですか」 「『 「そうであることを願いましょう。では、私はこれで」 深々と一礼して、ブラントは『 扉の閉まる音の余韻が消え去った後で、シーインは眉をひそめた。 「確かヒイラギ・ソウイチ、だったか……息子、か? 何れにせよ、実力は大したことなさそうだな」 「どえええぇ!?」 珍妙な叫び声が、高瀬姉妹の部屋(と言っても居候している部屋だが)で上がった。声の主は高瀬姉妹の妹の方、 「澪、声が大きいってば!」 高瀬姉妹の姉の方、 「だってだってだってぇ! あのつかさに彼女がいるなんて話、叫ぶのもトーゼンだって! 美人? 年上? 年下? 髪は長い? 短い? 目ぇおっきい? 性格は? 優しい? 高飛車? 悪女?」 思い付いた質問を次々に言葉に変える澪の口を、栞は再び塞いだ。 「だーかーら! ただの噂だって言ってるでしょ? 私も今日、学校で初めて耳にしたの!」 「……苦しいってばぁ!」 自分の口を思い切り押さえつける姉の手を、澪はべりりとはがした。 「じゃあ、どんなウワサだってゆーのよ」 「それは……だから、衙さんが、3年生の人と授業を抜け出してデートしてた、とか何とか……」 視線を泳がせ、ごにょごにょと喋る栞の歯切れは非常に悪かった。 この噂の原因はもちろん、 当然栞もその噂を耳にすることとなり、事の真偽を少なからず気にして悩んで沈んでいたのを、澪が問い詰めたという訳である。 ちなみに、現場に居合わせた者の中にすすきの名を知る者がいなかったのか、噂の中で彼女は“某三年女子”として扱われている。 「でもさぁ、目撃者がいっぱいいるのは確かなわけでしょ? だったらやっぱり事実なんじゃないのー? しかしあのつかさが年上に手を出すとは……」 「そうなの、かなぁ……」 栞は明らかに落胆している様子。そんな姉の姿を見るに耐えないのか、澪は慌てて、必死にフォローを試みた。 「あ、でもホラ! 何か他の用事だったのかもしれないしっ! 好きな相手のそんなウワサを聞いて、お姉ちゃんが落ち込む気持ちはよーっくわかるけどさぁ。気になるなら、直接聞けばイイじゃない? ね、元気出してよ」 澪が優しく姉の肩を叩く。 「そうよね、聞いてみるのが一番良いのかも……って、澪!? だ、誰が誰を、す、好きっ……!?」 まだ日没までには時間があるというのに、あっという間に栞の顔は夕暮れ時を迎えてしまった。 そんな栞を無視して、澪はさっぱりすっきりした笑顔で答えた。 「まぁ、そんなに心配することもないと思うよ。だって明らかにつかさもお姉ちゃんにホの字だもん」 「――澪っ!! ……ああ、だから嫌だったのに、澪に話すの……」 瞳にうっすらと涙を浮かべ、栞はがっくりと頭を垂れた。 |