第四話 「ハッピーバースデー」 「真人のヤツ、今日は厄日だったようだな?」 思い出し笑いを 「……すすき」 董士がすすきの瞳を見つめ、静かに問いかける。 「“ 董士の質問に、すすきは緩んでいた口許を引き締め、そして重々しく口を開いた。 「かなりの時を 「……!! まさか――『 すすきの言葉を聞いた董士の足が、突然止まった。それに応じてすすきも 「 「『気がする』? お前にしては珍しく曖昧だな」 すすきの返事に、董士は眉をひそめた。 (それに、あの微弱な『 口に手を当てて視線を下げ、すすきは考え込んだ。足音に続いて会話も途切れ、しばし夜の静寂が辺りを包み込む。 「やはり、調べてみる必要がありそうだな。『柊』の、過去を」 一言つぶやいて、董士は再び歩き出した。 澄みきった青空の広がる、日曜日の朝。サワヤカな小鳥のさえずりとは正反対の、情けない声をあげる男がいた。 「やっぱり俺、帰るよ……」 「駄目です! 今日こそ、 「そーだよ。大体、すぐに来なかった方がヘンなんだから」 三人の目前の部屋は、高瀬姉妹の母親、高瀬 嫌がる衙に構わず、栞は病室のドアを開けた。 「お母さん、おはよう!」 「おはよ〜!」 栞と澪が、明るく朝の挨拶をする。病室のベッドで、上半身だけを起こし本を読んでいた女性が視線を上げ、優しそうに微笑んだ。 「おはよう、二人とも。今日はずいぶんと早く来てくれたのね。……あら? 後ろの人は……?」 姉妹の影に隠れるように立っていた衙に気付き、早波が不思議そうな顔をする。 「お母さん、この人が柊 衙さん」 「いっぱいお世話になってるって、話したでしょ?」 栞と澪による紹介に、衙はぺこりと小さく頭を下げた。 「ど、どうも。柊 衙、です」 高瀬早波は、落ち着いた雰囲気を持った女性だった。しかし決して物静かという訳ではなく、明るい笑顔と時折口に出す冗談は、四人の会話を弾ませた。何より彼女は聞き上手であり、話す側はついつい語り過ぎてしまい、それがまた笑いを呼ぶのだった。その任はとりわけ、澪の失敗談に課せられる羽目になることが多く、「電子レンジ玉子爆破事件」だとか「吹き掃除廊下大洪水」なんかは良い例である。 ただ、栞も澪も魔物に関する話だけは全くしていなかった。母親に心配をかけさせたくない、という姉妹の気持ちを知る衙もまた、敢えて語ろうとはしなかった。 二時間半ほど楽しく過ごした後、三人は家に帰ることにした。 「それじゃ、お母さん、また来るね」 病室のドアを開けながら母親の方へ振り返り、栞が言う。 「早く元気になるんだよぅ!」 と、これは澪。 「はいはい」 と、早波が笑顔で答える。 「衙さん、娘をよろしく頼みますね」 そう言いながら手招きをする早波に、衙は一人歩み寄った。 「実はね。ふたつ、聞いておきたいことがあるのよ」 早波が、耳打ちするように 「――栞と澪と、どちらが かくん、と衙が倒れそうになる。 「な……っ! 何言うんですかぁ!」 照れたような、そして困ったような表情で、衙が小さく叫んだ。早波が楽しそうに、くすくすと笑う。 「ごめんなさい、ひとつ目は冗談よ、冗談。本当に聞きたかったのは……」 再度、真剣な声音。 「――あの子達のマンションが壊れた 早波は一呼吸置いて、続けた。 「もしかしたら……もしかしたら、よ? ……『魔物』なんていう単語が深く関わってるんじゃない?」 「!! 何で……っ!?」 ずばり核心を 「やっぱり、そうだったの……」 外れてほしい予感が的中して、早波は深くため息をついた。 「『柊』っていう苗字を聞いた時から、そうじゃないかって思ってたのよ。それに、貴方は本当に 「どうして、父さんの名前を――!?」 「衙さん? 改めてお願いするけれど、娘をよろしく頼みますね」 衙とは対照的に、落ち着いた様子で――それとも、落ち着いた振りをしているだけなのか――早波は頭を下げた。 「待って下さい! あなたは一体――」 そう言いかけた衙の声を、澪の呼び声が遮った。 「つかさー! 何やってんのー? 早くしないとバス来ちゃうよー!」 ぱたぱたと、澪のスリッパの足音が近づいてくる。 「今は、言えないわ。あの子達にとって、貴方にとって、そして私にとっても……時間が、必要なのよ。本当に……本当に、ごめんなさいね」 痛々しい程の表情で早波はそう言って、話を切った。 「つかさー?」 病室のドアが開き、ひょこ、と澪の顔が覗いた。 「あ、ああ……今、行くよ」 ちらりと早波を 「ごめんな……さい……」 呻くような早波の声が、3人の去った病室に響いた。 (母さんに電話して聞いてみようか……) 病院からの帰りのバスの中で、衙はぼんやりと考えていた。 (いや、今は聞くべき 「衙さん? 聞いてますか?」 栞の声に、衙は思考の中からバスの中へと引き戻された。 「え? あ、ゴメン。何?」 「あたしの誕生日の話! もう、つかさってばァ!」 澪がちょっと機嫌を損ねた様子で言った。 (そういえば、さっき病室でも話題になったっけ。澪ちゃんの15歳の誕生日が明後日の19日だ、って) 「それで、簡単なお祝いをしようと思うんです。……良いですか?」 栞が、居候先でパーティーを行うことを 「ああ、もちろん。どうせなら友達も呼ぶといいよ。すすきさんや董士、真人も呼んじゃおうか?」 栞の申し出を、衙は快く承諾した。 「すすきさん達は良いですけど、学校の友達はまずいんじゃないでしょうか。ほら、私達が衙さんの家に居候してる、って知られちゃうわけですし。そうなると衙さんに迷惑が……」 栞が、気まずそうな表情で言った。確かに、学校で妙な噂が立つことは衙にとって本意ではない。それに、栞と澪の二人にもあまり良いことではないような気がした。 「そっか。なら、呼ぶのはあの三人だけにしようか」 「うん、それでイイよ。友達には学校でお祝いしてもらうもんね」 いしし、と澪が嬉しそうに笑った時、三人の降りる停留所にバスは止まったのだった。 |